
ある役員さんのコーチングセッションの場で、「なかなか社員を上手に褒めることができないのですが・・・」と相談がありました。役員が率先して職場のコミュニケーションをよくし、活性化したくて、褒めることを多くしようと思っているが、思ったほど喜んでもらえていないようで、自信が持てないとのことでした。
エグゼクティブコーチングの場は、社長や役員さん方の目標をどう達成していくか、自分の役割をどう果たしていくかを考えていただくといったテーマが多いのですが、フリートークの時間になると、様々なご相談をいただくことになるんですよ。
「褒める」といった基本的なコミュニケーションの問題は、年齢や立場に関係なく、皆さんが抱えているお悩みのようです。
コーチングの場での「アノリッジメント」
コーチングの世界に「アクノリッジメント」という言葉があるんですね。
これは、直訳すると「承認」です。
コーチングセッションの現場で行う、次のようなことを言います。
・クライアントの変化や成長したことに気づき、それを言語化して伝える
・クライアントの存在を認める言葉で、安心感ややる気を高める
・クライアントが必要とされていると感じられるような言葉で、前向きな気持ちを引き出す
これらは「承認」どまりであって、むやみに称賛することはしません。
しかも、こうした承認も、伝える時には、わざわざ「私からフィードバックさせてもらってもいいですか?」と確認まで取って伝えるほど慎重に行っています。
コーチングセッションの場は、コーチからの質問に答える形で、自覚できていなかった自分の本音に気がついたり、一人で考えているだけでは出て来ないような思考を手に入れるための場です。
そうした場の意味を出していくためには、クライアントに、平穏な心の状態で無用なバイアスがない思考をしていただく必要があるわけです。
クライアントの発言をコーチが「褒める」ことをしていくと、次のような弊害が出てくる可能性があります。
・コーチからの称賛を期待するようになり、体験などを盛って(実際よりも大げさに)話しがちになる
・称賛を期待するあまり、マイナスの体験や考えを話さなくなる
・コーチからの称賛がないと、セッションに臨む意欲が低下してしまう
褒めることを一切しない、というわけではないのですが、セッションのテーマが変わる時など「これまでのまとめ」をするような節目に、GOODとMOREを伝えさせていただくようにしています。
マネジメントの場での「褒める」ことの弊害
1.唐突な「褒め」でかえって信頼関係を壊している
組織変革コンサルティングのプロセスとして、社員の皆さんにインタビューをさせていただくことが多くあります。
その中で、上司の方とのコミュニケーションの現状や、関係性を質問させていただくと、次のようなネガティブなお答えがよく聞かれます。
・評価のフィードバックをほとんどしてもらえない
・日頃、自分の仕事を見てもらえていない
・1on1で褒めるようにしているらしいが、響かない
1on1には、皆さんご苦労されて「褒めて前向きな場にしなくてはいけない」と、一生懸命褒めているという方も多いようです。
ここに「褒めるマネジメント」の落とし穴があるように、私には見えます。
『日頃のこまめな“承認”をサボって、1on1での褒めるテクニックばかり考えている』
こういう上司に、定期的な1on1で唐突に褒められたところで、心に響かないばかりか、仕事ぶりを日頃よく見ていないことがバレて、かえって信頼関係を壊している現実が多いように感じられるのです。
2.心理的安全性が失われることもある
上司と部下という関係性の根っこにあるものは「評価する人」と「評価される人」であることが多いですね。
そうなると、部下の方には「次も褒められるような仕事をしなくてはいけない」「次に褒められなくなったらどうしよう」というプレッシャーが生じることになります。
例えば、月次目標を2か月連続で達成したような場合に、ことさらに褒められてしまうと、その次の月に90%の達成に終わりだというような場合に、「達成できない」という見込みを上司に報告がしずらくなってしまうことが起こります。半期や通期ならばともかくも、月次の場合は波があるのが当たり前であり、達成できない月ほど早めに協議して戦略の見直しなどを図るために、状況を早めに報告しなくてはならないわけです。
褒められることだけ耳に入れるというような、いびつな人間関係を生まないよう、「褒め」は適度に行わなければなりません。
これらの「弊害」を考える時、重要な真理が見えてきます。
『1on1での褒めるテクニックばかり考えていないで、日頃のこまめな“承認”を心がけよ』
4つの承認
日頃から、4つの承認を念頭に置いて実践するとよいでしょう。
1.存在の承認
「個人の存在を認識し、尊重しすること」
・部下をきちんと「名前」で呼びかけて話すようにする
「〇〇さんおはようございます」
「〇〇さん、お疲れ様。最近仕事はどうですか?」
この「名前」で呼びかけることは、当たり前のようでいてあまり意識されていない(忘れてしまっている)ことのように思います。
私が、新卒で入社した会社の社長は、千人規模になっても社員の名前を覚える努力をされ、夕方終業近くになるとフロアを回って「〇〇君最近どう?」「〇〇さん、あの件はどうなってるの?」と声をかけながら、話を聞いて回っている姿をよくみていましたし、自分も声をかけられた時に、大いに意気が上がったことを覚えています。
2.行動の承認
部下が取った行動、成果に至るまでのプロセスを認識していることを伝えます。
「先週はクライアントを15件訪問したらしいね」
「〇〇の案件の調査は、半分くらいまで進んでいるんだね」
「新人の〇〇君の指導、ありがとう」
という、事実認識の伝え方です。
実は、ことさらに「すごいね」「よく頑張ってね」と褒めなくても、部下にとっては、自分の仕事の状況をきちんと認識してもらえている、という感覚が非常に大きな意味を持つものだと思うんですよね。
3.感情の承認
部下の経験で生まれた「感情」を理解し、共感し、寄り添う姿勢を示すことです。
部下「今回の案件は、とても大変でした」
上司「そうか、大変だったんだね」
ここまでで止めておくことができれば、部下は理解してくれたことに満足して次にはもう少し楽にできるにはどうしたらいいかを自ら考え始めるエネルギーにつながるのですが、多くの上司はすぐに「評価」してしまいます。
部下「今回の案件は、とても大変でした」
上司「そうか。次にはもっと楽にできるように考えないとだめだな」
とか・・・
上司「その程度で“大変だ”なんて言ってちゃダメだよ」
などと言ってしまうのです。
共感や寄り添う姿勢にとって、上の例のように相手の言葉を繰り返す「オウム返し」のコミュニケーションは、非常にシンプルで有効なものなんですね。
4.成果の承認
目標達成までのプロセスの中で「タスク完了」「KPI達成」などの事実を口に出して伝えることです。
「先月に比べて、受注件数が15%増加しているね」
「先月よりも訪問件数が3件減っているね」
これらは、事実を認識しているということを伝えているだけで、「15%増加してスゴイね」と褒めることも「3件減っているじゃないか、どうするつもりなんだ」となじることもしていませんが、この「寸止め」がとても重要だと思うのです。
「(上司に)仕事を認識してもらっている」と感じ、「次に向けてどうしたらよい仕事になるか」を、自分自身で考える姿勢が生まれることが重要ですね。
「日常的に、常に部下を称賛したり叱責したりし過ぎていることが、“自律性”を奪っているかもしれない」と考えてみる必要があるのではないでしょうか。
「褒めて伸ばす」は本当か
私は「褒めて伸ばす」という風潮を懐疑的に見ています。
安易に褒めずに、日頃は「仕事をよく見て、ひたすら“承認”し、本人に考えるきっかけを与える」ことが必要だと思うのです。
「褒めて伸ばす」はずが、「叱ってはいけない」という風潮までいってしまい、必要なフィードバックがされない事態に陥っている職場が見受けられるように思います。
必要なフィードバックとは「本人の成長のために、良い点(GOOD)と改善すべき点や課題(MORE)を具体的にきちんと共有する場を設けるということです。
この「フィードバック」の問題については、また改めて触れてみたいと思います。