MVVの成功事例

今野誠一のblog

マテックス社の「コア・バリュー浸透プロジェクト」

年末年始に、昨年1年間を振り返っていました。

いつも全ての仕事に思い入れを持って臨んでいるのですが、コロナ禍の昨年の活動はとりわけ印象に残りました。

その中でも、制約の多い状況でも取り組みをやめずコア・バリューの浸透活動を続けた、「マテックス株式会社(以下、マテックス社)」をご紹介します。

マテックス社は、池袋に本社事務所を持つ、ガラスの卸を生業とする会社です。

創業が昭和3年5月といいますから、あと8年で100年企業という老舗でいらっしゃいます。

社長は3代目の松本浩志さんで、私が心から尊敬している経営者のお一人です。

松本浩志社長が、従業員の皆さんと経営の中心に据えてその浸透に取り組んでいらっしゃるのが「コア・バリュー」です。

このコア・バリューを重視した、会社を挙げた取り組みを「コアバリュー経営」と呼んでおられます。

「コア・バリュー」とは、企業理念やビジョンの実現に向けて、社員が大切にして行動してほしい(したい)共通の価値観のことを言います。

マテックス社の上位概念は、ビジョン、コア・パーパス(存在意義)、5つの企業理念、コア・バリューの4層に分けて制定されています。

一昨年、5年間掲げて来られたコア・バリューを全面的に改訂し、社内共有されました。

昨年に入ってから新コア・バリュー浸透プロジェクトをスタートし、12月19日(土)にオンラインでのフィナーレイベントを迎えました。

なんともありがたいことに、浸透プロジェクトの一連の活動に関わらせていただき、年末に行われたフィナーレイベントのメインプログラムとして40分の講演と、20分の松本浩志社長との対談の機会をいただきました。

イベントでは、せっかくの機会でしたので、こうした上位概念(ビジョン、コア・パーパス、企業理念、コア・バリュー)の浸透「あるある」とそれと対比する形で、マテックス社の取り組みが客観的にどう見えるのかについて、話させていただきました。

手前味噌ながら、皆さんのご参考にもしていただけるかと思いますので、当日のスピーチの概要に少し手を加えた形でお届けしようかと思います。


上位概念の6つの失敗要因

最初に浸透における主な失敗要因を6つ提示しておきたいと思います。

私の経験の中での、重要要因を並べたものであり、全てを網羅しているわけではありませんので、あくまでご参考にしていただければと思います。

  • 過去を踏まえず、未来しか考えない
  • 極端にトップダウン
  • 極端にボトムアップ
  • 自己満足な内容
  • そのまんまの表現のバリュー
  • バリューには賞味期限がある

1.過去を踏まえず、未来しか考えない

上位概念を構築したり改訂したりする際にありがちな一つ目は、未来偏重になりがちなことです。

会社の状況によっては、過去の完全否定に基づいてこれからを考える場合もあります。

色々な要因で業績が悪化し、経営者が代わって出直すような場合にはこの傾向が顕著です。

かつてバブルの崩壊の頃、過剰投資や極端な多角化が祟って経営破綻に陥る企業が続出しましたが、そうした状態に陥った元凶は金融機関の無秩序な融資そのものではなく、企業側の創業の精神を忘れ、右ならえの拡大路線に舵を切った経営姿勢にもあったのではないでしょうか。

経営者が代わり、創業の精神に立ち返り堅実に復活への道を歩んだ企業と、過去の経営の完全否定で企業理念からビジョン、バリュー(行動規範)に至るまで刷新し、出直したもののうまくいかず再度経営不振に陥った企業も少なくありませんでした。

うまくいかなくなった時、方向性を見失った時こそ、原点に帰る必要がある。社内に息づいている創業以来培ってきた強み、長くお客様に受け入れられてきた源泉は何なのかをよく振り返ることなしに、未来だけを見つめて色々なものを刷新していくことの危うさを考えてみる必要があると思います。

2.極端にトップダウン

上位概念が経営にとっての最重要事項だというのは、間違いありませんから、責任感の強い経営者ほど経営者自身が、あるいは経営陣だけで作り上げてしまいがちです。

経営者や経営陣だけで決めてしまわずに、作ったものを「叩き台」「原案」として、社員の代表に検討させるというようなことをしますが、それでもあまりうまくいきません。

経営陣、とりわけ経営者が考えていること、見ようとしていること、見えていることと、従業員のそれとはたいがいの場合「違い」ます。それは当たり前のことであり、その違いというものはお互いに確認しない限り分かり合えないというのもまた当たり前のことなのです。

3.極端にボトムアップ

では、従業員に任せればいいかというと、任せ過ぎることもまた、問題です。

「民主的に」「自主的に」という名のもとに、社員に重要だと思っていることをアンケートで聞き、従業員の代表で構成された委員会などで、企業理念やミッション、ビジョンをまとめさせることをします。

私の経験では、上位概念が頭に入っていない経営者も一定程度いらっしゃいます。

そもそも重要性を認識していないゆえに、頭に入っていない方もいますが、非常に社員思いで心から「社員の望むものとして社員たちで作ってほしい」と思って、社員任せにしたことで自分のものになっていないという経営者も多いようです。

出来上がって浸透場面、運用場面までずっと任せられればいいのですが、困るのは途中まで丸投げしておいて、完成間近の段階で我慢できずに、「お前たちはわかってない」とちゃぶ台返しをしてしまうこと。

「うちのバリューって何だったっけ?」と経営者の頭に入っていない状態では、浸透局面で必ず支障をきたします。

別の観点になりますが、社員に丸投げしてしまうと、現場レベルの視座と経験と問題意識をもとにした弱いビジョンに着地しがちという面もあります。

丸投げはダメという結論です。

社員と経営者が考えていること、見ようとしていること、見えていることを上手にすり合わせて、一緒になって作り上げるプロセスは非常に重要だということです。

4.自己満足な内容

さて、内容についてですが、当然ながら「自社がどういう会社であるべきか?」を上位概念に盛り込むことになります。

しかしながら、自社のことだけを考えてしまうと独善的な内容になります。

企業というのは、自社だけで顧客と向き合っているわけではありませんので、協力会社や納入会社を含めた、たくさんのステークホルダーとの関係性の良否がとても重要です。

直接接点を持つ社員たちが、そうしたステークホルダーとどのような意識で接するかは、できれば上位概念のうちの特に「バリュー」には盛り込みたいところです。

このことは悪い例を挙げるのが一番分かりやすいのですが、実に差し障りがありますのでやめておきまして、逆に「いい例」がマテックス社ですので、後ほど見てみたいと思います。

5.そのまんまの表現

特に「バリュー」についてですが、表現上の失敗例として「そりゃそうだよね」という表現のオンパレードにしてしまう、ということが挙げられます。

例えば「決めたことをやる」「約束を守る」「優先順位を考える」というように、道徳的な言葉や、仕事の基本の基本の言葉が並んでいる場合ですね。

書いていることに間違いはありませんし、悪くはないのですが、あまりにも当たり前過ぎると「そりゃそうだ」と意識されず、浸透もしないということになりがちなのです。

分かりやすく言いますと、思いを込めたい部分を少しひねって、読んだ社員が「ウン?」と立ち止まり、「これはどういう意味なんだろう?」と色々と自分なりの解釈をするような内容がなければなりません。

解釈の幅を持たせる、ということが意味のあるバリューのコツです。

これもマテックス社のバリューが見本になりますので、後ほど見てみたいと思います。

6.賞味期限がある

最後のポイントは、「バリューには賞味期限がある」ということです。

有り体に言いますと「変え時がある」ということですね。

・社内で浸透が見られほぼ当たり前になってきている

・作っていざ発表してみたら、到底社内に浸透しそうもないと思われる

・まだ浸透し切れたとは言えないが、長い期間が過ぎて新鮮味がなくなったと感じられる

といったケースが考えられます。

社内での受け止められ方を常によく見ていて、社員の受け止め方を敏感に察知する必要があります。

「継続は力なり」と、社内で掲げ続けることにこだわり、上のような状況を察知できず、意味なく掲げ続けている例も少なくないのです。

マテックス社では・・・

結論を言いますと、マテックス社の上位概念の取り組みは、上の6つの失敗要因のポイントをことごとくひっくり返した素晴らしいものです。

失敗要因1:過去を踏まえず、未来しか考えない

→ 諸先輩へのヒアリングを経て構築している

大手メーカーでの勤務経験と海外留学経験を経てマテックス社に入社し、2009年に三代目社長に就任した松本浩志社長。

これまでの経験を活かすだけではうまくいかないと分かった松本社長が取った行動は、初代や二代目社長が「大切にしてきたこと」について、以前から働いている諸先輩に徹底的にヒアリングを行うことでした。

「受け継いでいかなくてはならない思い」をまとめて、新しい企業理念として制定しました。

松本社長は、これからのマテックス社の成長の核心を、歴史の中から見つける作業に時間をかけ、80年以上の歴史を重ねてきた理由と、これから先のさらなる成長を決意することを企業理念に表現されました。

継承するタイミングで社長がやるべきことは、過去と未来をつなぐことなのかもしれません。

失敗要因2:極端にトップダウン失敗要因3:極端にボトムアップ

諸先輩のヒアリングを経て企業理念を制定した松本浩志社長は、コア・バリューについては、「皆で作る」ことに決めます。

社員から、これからのマテックス社に大切な「価値観」と仕事をしていく上での「知恵」を集めます。

200を超える価値観と知恵の言葉の中から、10個にまとめて「コア・バリュー」としたとのこと。

企業理念は先輩社員からのヒアリングを経て自分中心に作り、コア・バリューについては、価値観と知恵を集めて社員中心に作る。

この構築の仕方が、企業理念とコア・バリューに絶妙なバランスをもたらしているように思います。

浸透局面でも、トップダウンとボトムアップのバランスが発揮された素晴らしい取り組みをされるのですが、それについては、昨年の新しいコア・バリューの浸透プロジェクトの紹介として後ほど述べることにします。

失敗要因4:自己満足な内容

マテックス社のコア・パーパス(存在意義)、企業理念、コア・バリューは圧倒的に「ステークホルダーとの関係性」や「自分以外の人との関係性」を重視したもの、利他的なものになっているのが特徴です。

(以下、部分の抜粋で全文ではありません)

地域事業者と共創し・・・(コア・パーパース)

共に考え、協働し、各々の顧客販売店の成長と・・・(企業理念)

裏切らない・約束をきちんと守る(企業理念)

人間の尊厳を傷つけてはいけない・・・(企業理念)

パートナーと共によくなることを重視する(つづく、をつなぐ)

相手を鼓舞する言動を・・・(良き伴走をする)

相手のためになることは愛情をもって・・・(良き伴走をする)

人の良いところをみつけ、称賛する・・・(美点視をもつ)

人から学び自身のよいところを・・・・(美点視をもつ)

奉仕する気持ちで接する・・・(包容力で器をつくる)

善い影響を与える・・・(善響をうむ)

言葉の与える影響を深く考える

相手に正直である

失敗要因5:そのまんまの表現のバリュー

マテックス社のコア・バリューは、造語も含めた独特の表現が、その内容をよく考えさせることにつながっています。

10のコア・バリューのうち7つまでが、絶妙に練られた独特の表現になっています。

・つづく、をつなぐ

・美点視をもつ

・YESで思考する

・プチイノベーターであれ

・包容力で器をつくる

・善響をうむ

・本当の気持ち、を丁寧に

中でも、私自身がなるほどと感心をし、気に入っているのは「美点視をもつ」「善響をうむ」の2つです。 

美点視という言葉はありません。「美点凝視」というのが一般的だと思いますが、美点を凝視するのではなく「美点視」という造語の名詞にして「もつ」という動詞をつけることによって、「美点視」という能力を身につけるという意味にしているんですね。

善響という言葉も存在しません。きちんと言うと「善い影響を与える」となるところを、お互いに善い影響を与え合っている状態を「善響」という造語で表現し、「お互いが善い影響を与え合っている状態」を皆で実現しよう(うむ)と表現することで、自社ならではの独特のバリューにすることに成功しています。

長くなりますので、全てについては解説しませんが、噛めば噛むほど味が出る、実によく練られたバリューです。

「美点視」も「善響」も、徐々に社内の共通言語になってきているようです。

失敗要因6:バリューには賞味期限がある

前回のコア・バリューを5年間掲げての改訂でした。

松本浩志社長は、前のコア・バリューにとても強いこだわりと思い入れを持っておられました。

もうしばらく追い続けられるのかなと思っておりましたが、このタイミングで刷新することを決断したのは、見事だと感じます。

コロナ禍が予想できていたはずはないのですが、コロナ禍と新しいコア・バリューの浸透局面が重なったことをプラスに変えていると言えるのではないかと思います。

世の中全体が厳しくなったこの状況において、全社を挙げて新しい価値観を共有し具体的行動レベルについて考えることに時間をかけていることは、必ずや今後に繋がっていくことと思います。

昨年の新コア・バリュー浸透策

昨年参加させていただいた、新コア・バリューの浸透のための施策も、理にかなったとても素晴らしいものでした。

その一部をご紹介します。

■コア・バリュー浸透カフェ

一人ひとりが事前に10のコア・バリューのうち3つを選んで、自分だったらどういう具体的な行動を取るかを考えて臨みます。

集まった部門のセッションで、各自の3つのコア・バリューの行動内容を共有し合って、皆で協議して「ボクらの5つのコア・バリュー」を選んでどういう具体的な行動を取るかを決めて取り組みを進めます。

※一気に10個を浸透させようとしがちなのですが、この取り組みの優れているところは、個人で3つ、部門で5つと自分たちで選ぶ行為をさせていることです。自分で3つを選ぶ上でも、自分の部門で5つを選ぶ上でも、10個全部をよく考えることになるわけですね。

■ふたりでトーク

これは、松本浩志社長が、全社員と1on1で、経営方針、コア・バリューと企業文化づくりの大切さについて共有するフリートークセッションです。4か月をかけて275名の社員全員と行う、スーパー企画です。

この人数の企業となりますと、多くの場合は社長からの一斉メッセージを発信したり、1on1ではなく、社長を交えたグループセッションや昼食会を行っていると思います。

この松本浩志の取り組みの前では、「部下の人数が多いんで1on1が大変だ」とはとても言えなくなってしまいますね。

■みんなのワークショップ

これは、オンラインでの全社の取り組みですが、プログラムがよく練られています。

いくつかの共有を通じて、新しいコア・バリューについての目線合わせを行っています。

・コア・バリューワールドカフェ

 部門を超えた少人数のブレイクアウトルームで、ひとつのコア・バリューについて「自分が感じていること」「取り組んでみて思ったこと」などを共有します。

・わたしのベスト・エピソード

 あらかじめ、コア・バリューを意識して取り組んだことで生まれたエピソード(物語)を持ち寄ります。部門を超えたグループで、ブレイクアウトルームで共有し合います。全体に戻ったところで、何人かのエピソードを全体でも共有します。

社内の物語が、コア・バリューを共通言語にし、新しい文化を創っていきます。

・社長からの『「ふたりでトーク」のまとめ』共有

 社長と全社の1on1セッションである「ふたりでトーク」のまとめを社長から全社員にフィードバックされます。内容は控えますが、270人からの社員の皆さんとの1on1だけでも驚異の取り組みですが、それをまとめて全社員にフィードバックするということも素晴らしい姿勢であると思います。

長いコラムになってしまいました。

マテックス社の取り組み方が、上位概念の構築や浸透に取り組んでおられる皆さんの参考にしていただけるのではないかと思い、松本浩志社長に許可をいただいてお届けしました。

昨年末のプロジェクトの締めのイベントでも語られていましたが、新しいコア・バリューは浸透が始まったばかりで、これからが本番とのこと。これからのマテックス社の取り組みに注目していきたいと思います。

最後にマテックス社のホームページのURLを記載しますので、ぜひ一度同社のコア・パーパス、企業理念、コア・バリュー、ビジョンをご覧になってください。

5つの企業理念/コア・パーパス

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コア・バリュー

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ビジョン

Vision
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