ベンチャーに立ちはだかる「人数の壁」〜その真の原因と対策 1〜

高野慎一のnote
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Chapter 1 「人数の壁」の症状

スタートアップ、ベンチャーの成長過程に「30人の壁」「100人の壁」と言われる壁があり、それぞれその人数に到達する前後に組織に不協和音が生じ、組織のパフォーマンスが落ち、場合によっては大量に退職者が出るという症状が見受けられる。
そこで中間管理職を作って組織化したり、人事制度や評価制度を整備したり、1on1を定期的に実施するなどの手を打つのだが、それらが有効に機能せず組織崩壊に至ることも多く、ベンチャー成長の阻害要因となっている。
それは「人数の壁」の真の原因を理解していないため、対策のベースとなる行動変容ができていないからである。
ここでは、私の経験を元に「人数の壁」の真の原因に迫り、できるだけ早く、できるだけ少ない被害でこれを突破する方法をご紹介して、スタートアップ・ベンチャーの成長に貢献したいと考えている。

「人数の壁」の症状:10人

「人数の壁」は早ければ5人くらいから10〜15人くらいになるときに現れる。起業は1〜3人で且つ友人が集まってスタートすることが多い。そこにジョインする友人が増え、しばらくすると友人以外を採用するようになる。採用に当たってはミッションやビジョンに対する共感と既存メンバーとのフィット感が重視されるが、ジョインするときはフィット感があったのに、いざ一緒に仕事をしてみるとさまざまな場面で考え方の違いが露わになる。そのため物事を決定するには「決定する人」が必要になり、それが創業者(≒出資者)になるのは自然の成り行きである。この頃に出る言葉は「まあ、ここは●●(創業者)の会社だから」という諦めの言葉。そのうちに「言っても無駄」となり、メンバーからの提案や自発的な行動が減り、自己実現欲求が満たされず、あるいは感情的な不和が起きて退職者が出始める。5人くらいまでとそれ以降は明らかに“何か”が違う。後から入った社員に対して「ミッションへのコミット度合いが低い」、「ベンチャーのスピードについていけていない」などの言葉が出る。一方、後から入った社員からは「早くからいた人たちのチームに入り込めない」「思っていたよりトップダウンだ」などの声が聞かれる。

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「人数の壁」の症状:30人

次に訪れるのはいわゆる「30人の壁」。正確に30人で起きるわけではなく、会社によって20人〜50人でこの壁に突き当たる。最初の5〜15人が「創業時メンバー」等と呼ばれるようになる。

創業者はメンバーが自分から遠くなり、自分の声が隅々にまで届かなくなったと感じる。それを届けようとして全体会でのスピーチは長くなり、同じ話を何度も繰り返す。さらには合宿を行って、自分の考えを浸透させようとする。それでもメンバーは自分のようには熱くなってくれないし、自分の考えをわかってくれていないと感じる。わからなければ聞いてくれればいいのに質問してくれないことを不満に思う。それまでのメンバーなら昼夜を問わず働いたのに、そうではない人が増えたと感じる。「できない理由よりできる方法を考えろ」と言う。さまざまな場面で「ベンチャーだから●●すべきだ」という発言が出るようになる。それに応えないメンバーについて、ベンチャーには向いてない、カルチャーフィットしていない、当事者意識がないと思い始める。

一方、新しいメンバーは全体会などで創業者が話す内容をちゃんと聞いているし、理解したと思っている。ところが実際に仕事を進めるとズレが露わにになり手戻りが起きる。創業者の言うことが漠然として曖昧だ、言うことがコロコロ変わると感じる。そのうちにズレによる手戻りを無くすために、創業者に具体的な指示を求め始める。仕事量は増え、もはや考える余裕もないが、できないと言うと創業者に「できる方法を考えろ」と言われる。これを言われると、できないとは2度と言えないからオーバーフローする。オーバーフローして創業者に仕事量が多いことを訴えると「ベンチャーは昼夜働くものだ」と言われてしまう。もはやこの人とは一緒に仕事をしたくないという感情が芽生え始める。創業者のことを「人としては好きだけど、上司としては勘弁してほしい」と感じる。

この時期によく聞かれる言葉を下表にまとめてみた。思い当たることはないだろうか。

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私自身が経験した「30人の壁」の症状を具体例としてお話ししよう。
私は27歳でリクルートコスモス(現コスモスイニシア)の人事課長になった。リクルートグループ全体の社員の平均年齢が26歳だったからで、私にマネジメントスキルがあって抜擢されたわけではない。人事課を立ち上げた当の本人でリーダーからの昇格だったから、業務内容はメンバーの誰よりもよく知っていた。
採用も重要な経営課題だったから、私の課は瞬く間に人数が増え最大時24人になった。この時、僕の席の前に相談や判断を求めるメンバーが常時数人立つようになった。私は自分自身の仕事が忙しく、書類を書きながら、あるいは書類に目を落としたまま「いいよ、聞いてるから言って!」と対応していた。自分の抱えている仕事を進めながら、メンバーの相談は1人3分程度で解決しないと課の業務が回らなかった。
そのうちにこんなことが起きはじめた。私はメンバーそれぞれの仕事の課題や進捗状況が頭に入り切らず、何度も同じことを聞いたり、以前に言ったことと違うことを言っていたり、情報が少ないため判断を間違ったりしはじめたのだ。すると、みるみるうちにメンバーは元気がなくなり、前向きな発言が減り、報告や相談の回数も目に見えて減っていった。メンバーが私の思った通りに動かない。私は焦り、私に聞かれなくてもホウレンソウをするように求めた。ところが状況は改善せず、それどころか悪化していく。ますます情報不足になり、判断を間違え、メンバーからの信頼を失い、さらに相談が来なくなるという負のスパイラルに陥ってしまったのだ。当然だが、課としてのパフォーマンスが下がり、アウトプットの質も低下した。
私のこの経験が「30人の壁」の典型的な症状である。

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「人数の壁」の症状:100人

私がリクルートからグループ企業の環境開発株式会社(後にリクルートコスモス、コスモスイニシアと社名変更)に出向・転籍したのは、リクルートの創業者の江副さんが「これからは不動産と金融の時代だ」と言って、グループ内の不動産事業を担っていた環境開発を上場するという方針を固め、そのために上場プロジェクトに入って管理部門を立ち上げるためだった。当時の環境開発の社員数は約40人。ほぼ全員がリクルート本体の不動産部のメンバーの兼務。そのため経理はあったが人事や総務がない状態だった。
私を送り出すリクルートの管理部門のトップは、SPIの開発者であり、組織行動学の専門家の大沢武志専務だった。大沢さんは僕を送り出すに当たってこう言った。
「社員数が120人になったら社内報を作れよ」
理由を聞いた私に大沢さんは言った。
「120人になると、顔と名前が一致しなくなるんだ」
そして実際に120人に達した時、社内のあちらこちらから「顔と名前が一致しなくなった」という声が上がり始めた。
顔と名前が一致しなくなることが事業に与える影響にも直面し、大沢さんが言ったことの意味がようやく理解できた。関連する他部署の担当者が誰なのかがわからなくなり、わかっても知らない人なのだ。それが組織の効率を著しく落とす。伝えたと思ったことが伝わっていない。こちらの状況を把握せず先方の都合で仕事を依頼してくる。この相互理解の低下は相互信頼の低下を招き、部署間に軋轢を生み相互不信に陥ってさらに効率を落とす。サッカーに例えれば、フォワードとミッドフィルダーとディフェンダーが相互不信に陥って、陰で互いの悪口を言っているチーム。いいパスが出るはずもなく、互いの不足を補おうともしないチームが勝てるはずがない。

ツクルバが100〜130人に達したとき、やはり同じ症状が起きた。「顔と名前が一致しなくなった」「知らない人が社内を歩いている」といった声が上がり始めたのだ。経営チームもメンバーたちも一様に「何か変だ」「やりにくくなった」と言うのだが、何が起きているのかがわからない。私は経営陣や一般のメンバーたちと会議の前後に話したり、1on1をやったり、食事をしに行ったりして情報を収集していた。そろそろ危ないなと思ってしばらくしたとき、Slackで新卒入社2年目のメンバーが発した一言で「100人の壁」に当たったことを確信した。それは「最近、違くね?と言っても反応がない」というものだった。
それをきっかけにCEOに経営チーム+部室長の研修実施を提案、了承をえて企画設計、1泊2日の合宿研修のファシリテーターを務めた。その冒頭、私がメンバーたちから聞いた言葉やSlackから拾った言葉を20個ほど羅列して見せた。参加者は口々に「言ってる、言ってる!」「聞いたことある!」と言う。つまり聞いたことはあるが、それが何を意味しているのかが理解できていなかったのだ。無理もない。ベンチャーの若いメンバーにとって、それは未知の体験なのだから。多くのベンチャーが組織崩壊に至るのは、この段階で早期発見ができず、病状が深刻な状態に進行してから解決策に着手するからだ。

ここで大切なことを書き加えておきたい。
特にベンチャーにおいては、創業者はじめリーダーは大きな組織を動かした経験がなく、メンバーもまた大きな組織で働いた経験がないことが多い。だから互いに「自分はちゃんとやっているつもりなのに、相手がわかってくれない」と思いがちだ。そうではない。これは構造的な問題なのだ。

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人数の壁には原理がある

コスモスイニシアでの経験とツクルバでの経験の間には30年の時の隔たりがある。即ち時を経ても同じ症状が現れる。
一方、ベンチャー界隈では「30人の壁」「100人の壁」という言葉が語られる。即ち、場が違えど、業種が違えど、職種が違えど、同じ規模の時に同じ症状が現れるのだ。
やや大袈裟な言葉を使えば、「人数の壁」は時空を超えて起きているのだ。
だとすれば、そこには何らかの原理や法則が働いているはずだ。地球上で物を投げ上げれば放物線を描いて地上に落ちるという、時代が変わっても、場所が変わっても、同じことが起きる現象に「万有引力の法則」が働いているように。
その原理や法則を理解しない限り、対策は的外れだったり、フォーカスがぼやけたりする。それが手を打っても打開できない原因だ。
次回からその原理・法則について、私なりに解き明かしてみたいと思う。

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(次回に続く)

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